延暦13年、桓武天皇により平安遷都があり、政治の中心が大和国から山城国に移った。刀剣の製作も山城国で盛んになった。初期の需要は武とは無縁の平安貴族が多数を占めていた関係上、刀剣には装飾美や様式美が求められた。
しかし、時代を経るにつれて蝦夷征伐、承平天慶の乱(東国での平将門の反乱。西国での藤原純友の反乱)、前九年、後三年の両役による奥州の動乱、保元平治の乱(武士の台頭)など全国的な戦乱が勃発する時代になっていった。
故に、刀剣の需要は右肩上がりに増大した。その需要に応じるため、数多くの刀工が京の都に移住してきた。
集まった刀工の中で、三条に工房を構えた三条宗近が三条流の始祖となり、京都で栄えた流派を「山城伝」と称した。